• 白井純平

建築の旅 03聖マリア教会

●聖マリア教会●

聖マリア教会はアルヴァロ・シザ(以下シザ)の代表作品の一つです。1990年頃から計画が開始され、1996年に完成しました。ポルトから特急電車で1時間ほどの距離にあるマルコ・デ・カナベセス(marco de canavezes)という人口5万人ほどの町に計画された教会と管理棟(日曜学校)と司祭宿舎による教会複合施設群です。実際には教会と管理棟が建設されています。

ポルトガルの丘陵を抜ける幹線道路に面して町の中心施設となる聖堂が配置され、広場を介して管理棟が配置されています。シザは聖堂の窪んだエントランスのニッチと管理棟(と計画されていた司祭居住棟との間)にあるスペースを、それぞれ建築の小さなU字型空間と大きなU字型空間と称し、間にアクロポリス(古代ギリシャの都市におけるシンボルとなる小高い丘のこと)を形成したといいます(*)。

広場空間は結婚式やお葬式をはじめ、町のイベントのスペースとして活用されます。ただの広い空間ではなく、ちょっとしたニッチや起伏があり、劇場空間としても計画されているように見えます。

古代ギリシャにおけるアクロポリスは宗教的だけでなく、政治的な利用もあり、市民政治の場として重要な広場を有していました。この広場は現代のアクロポリスとしての利用を意識していたのだろうと思えます。広場の先にはマルコ・デ・カナベセスの丘陵を望めるだけでなく、丘の上の一般道路ともつながり車でのアクセスもできます。隣接する集合住宅との配棟感覚からも、日常的な広場として入念に練られた計画といえます。

建物の見え方の話をします。アクロポリスと名付けられた施設はどことなくアテナイのアクロポリスを彷彿させます。石の擁壁の上に建設されたことがその一端を担っているのでしょう。

幹線道路沿いの施設アプローチは車の立ち入れない三角広場からはじまります。三角広場の舗装は歩道の小舗石とデザインを合わせています。敷地内に道路標識が立っていますが違和感を感じません。公共空間との一体的な空間として捉え、アクロポリスを目指したシザの配慮がうかがえます。

この三角広場から階段をあがると前述の広場につながります。この階段の石割にシザの細やかなデザインが読み取れます。階段の踏面は広場の石割の中心に目地をとり、階段手摺側は踏面の石の3段ごとに側壁の石がかみ合っています。個人的にシザの遊び心を感じるのは手すりのない側の壁です。側壁の石割は下から、踏面2段、踏面3段、踏面4段と上がるにつれ、側壁の目地と踏面の関係する段数が増えているのです。このように同じ材質の中で少しずつデザインを変えているところに玄人遊びを覚えます。

聖堂のエントランスは巨大な両開き扉があり、教会の権威を象徴するかのようです。その両脇にはそれぞれ洗礼室と鐘楼階段室が計画され、内部には巨大な吹抜けがあります。洗礼室には大きな開口部が設置され、外部からも洗礼の様子がわかるようになっていました。


シザは「聖堂を単なるオーディトリウムとして計画するに至らなかった」といいます(*)。機能的に空間を形成するのではなく、自然光の使い方に注意をして計画をしていたようです。聖堂の正面に向かって右手に横長のスリット窓があり、入堂すると外の風景に目を奪われます。しかしよくみると正面に向かって左手側の壁は緩やかに傾いていて、上方に間接光を取り入れるハイサイドライトが3つ並んでいます。宗教的なステンドグラスを用いらず、自然光を建物全体で操作することで光のドラマを演出しています。正面の祭壇は3段のステップと二つの関節光を取り入れる開口部により祝福空間を計画したといいます(ちなみに関節光を取り入れる開口部は内部が吹抜け状になり、およそ7mほどの高さがあります)。このようにシザは多様な光の操作を行う開口部を設け、それぞれの異なる光の演出により一つの世界観を計画したのです。ただシザによると光の空間効果のすべてをあらかじめ予見できたわけではないといいます。実験的な操作も含め、建築を通じて自身の宗教観と向かい合ったのかもしれません。

シザは教会に多くの広場を計画したといいます。現地の慣習のお葬式では親族や近しい友人が教会正面の広場で死者を見送り、少し離れた広場(この計画では前述の三角広場)にそのほか参列者が待機するそうです(*)。さらにシザはその両者が悲しみ以外に交流したり、小休止する広場として聖堂裏にスペースを計画したといいます。仕事の話やたばこをふかしたり、現実から気持ちを背ける場として人の心に寄り添う計画としたようです。



シザはミニマリズム建築の走りともいわれていますが、ここまで建築操作が匠だと装飾を超えた贅沢さを覚えます。このプロジェクトでは特に「光を調整するためだけの空間やスペースが」が多く、教会建築だからこそできたデザインだといえます。シザは設計者として一生涯で何度も得られる機会ではないことを承知の上、果敢に自然光操作の実験をしたのでしょう。ポルトガルの大巨匠であるシザは当施設の看板等で積極的にPRされているのですが、管理人さんに対して「聖マリア教会」でなく、「シザの教会」と話すと邪見にされました(日本人故、眉間にしわを寄せられた程度でしたが…)。この教会はそれだけ観光資源とかでなく日常に欠かせない地域の施設として根付いているということなのでしょう。


(*)Phaidon社出版「Alvaro Siza-complete works」に詳細記述あり


注意:当ブログはリアルタイムの記録をしているものではありません。


関連する建築の旅

#ポルト大学#ボウサの集合住宅


関連するタグ #アルヴァロ・シザ

30回の閲覧

© 2017-2020 TAG建築デザイン事務所, TAG DESIGN OFFICE

​群馬県高崎市鶴見町1-1-1丸三高崎ビル2A / 027-381-6041